

15歳のハワイで初めての波乗りから、今年で45年の歳月が過ぎた。

1965年春、15歳の少年は叔母が住むハワイへ旅立った。初めての海外。言葉もわからないまま、やっと生活になじんできたころ、従姉妹に誘われて、海へ出かける。初めてのサーフィン体験は、いまでいうロングボードだった。まだ、ショートボードという概念がなかった時代だった。そして、すぐに夢中になった。「初めてノースショアに行ってサンセットビーチでサーフィンをしようとしていると、あるハワイアンがいてね。彼が『オレについてこい』って言うんだ。ブッシュの中をかき分けてビーチに出て、一緒にサーフィンをした。後に映画を見ていて知るんだけど、あのエディ・アイカウだったんだよね」
エディ・アイカウは、1960年代から70年代にビッグウェイブ・サーファーとしてその名が知られたハワイアンだ。ウォーターマンとしての資質を認められ、公式ライフガードとして幾多の人命を救ったが、1978年、ホクレア号の遭難に際して、救援を要請しに荒れ狂う海に漕ぎ出し、消息を絶ってしまう。彼の英雄的な行為は、ハワイアンの心を打ち、今も彼の名を冠した大会が開かれるなど、先住ハワイアンのヒーローである。「日本人とハワイアンは昔から仲が良かった。そうそう、デューク・カハナモクにも、当時会っているんだよ。リンカーンに乗っていてね、サインしてほしかったんだけど、オーラがすごくて声をかけられなかったんだよ」
エディ・アイカウは、1960年代から70年代にビッグウェイブ・サーファーとしてその名が知られたハワイアンだ。ウォーターマンとしての資質を認められ、公式ライフガードとして幾多の人命を救ったが、1978年、ホクレア号の遭難に際して、救援を要請しに荒れ狂う海に漕ぎ出し、消息を絶ってしまう。彼の英雄的な行為は、ハワイアンの心を打ち、今も彼の名を冠した大会が開かれるなど、先住ハワイアンのヒーローである。「日本人とハワイアンは昔から仲が良かった。そうそう、デューク・カハナモクにも、当時会っているんだよ。リンカーンに乗っていてね、サインしてほしかったんだけど、オーラがすごくて声をかけられなかったんだよ」

デューク・カハナモクは、サーフィンの始祖と呼んでしかるべきレジェンドで、ワイキキにある等身大の銅像は有名。1968年に逝去されているため、彼に会ったという日本人サーファーはほとんどいないだろう。オリンピックの水泳や、カヌー競技などでも活躍したウォーターマンの先駈けだ。ハワイの実家にはデューク・カハナモクの家にあったゴーギャンを模写したと思われる絵が、ガレージセール時に買い取って、飾られているそうである。
そんな時代からジョージさんはサーフィンを始めていたのだ。もうあと5年もすれば、サーフィンをやり続けて半世紀である。「カラダひとつで大自然に相手をしてもらう、そんなサーフィンの素晴らしさをみんなに伝えたいんだよね。
そんな時代からジョージさんはサーフィンを始めていたのだ。もうあと5年もすれば、サーフィンをやり続けて半世紀である。「カラダひとつで大自然に相手をしてもらう、そんなサーフィンの素晴らしさをみんなに伝えたいんだよね。
世界は海でつながっていて、海はいろんなことを教えてくれる。おごりがあればケガをしてしまうし、真摯に向かえば、素晴らしい体験をさせてくれる。正直、私は波に人生を教えてもらいました。だから体力の続く限り、海に入り続けたい。この歳になっても、まだまだ毎日海に入りたくて、波がなければスタンドアップパドルで沖に出て釣りをしたり、もちろん波があれば、サーフィンします」
60歳を迎えたとは思えないしぼれたカラダと、日に焼けた顔は、そんな言葉を如実に物語っている。今でも年に2回は必ずハワイを訪れ、ノースショアで2ヶ月あまりを過ごしているそうだ。
60歳を迎えたとは思えないしぼれたカラダと、日に焼けた顔は、そんな言葉を如実に物語っている。今でも年に2回は必ずハワイを訪れ、ノースショアで2ヶ月あまりを過ごしているそうだ。

娘のフラには感動してしまうことがある
海の話をする真剣な表情とは異なり、父親の顔になるのが、奥さんの加代子さんや娘のひとみさんの、フラの話をするときだ。「親が言うのもなんですが、娘がフラを踊っているのを見ると、なんというか感動してしまうことがあります」
ジョージさんがそう語る加代子さんとひとみさんのフラ歴は娘のひとみさんが16年、奥さんの加代子さんが15年である。ひとみさんの幼なじみのお母さまがフラ教室をはじめたときに習いだした関係で、ひとみさんが少し長く踊ることになる。そして今年の11月、ハワイの国際大会で優勝したほどの実力者なのだ。
「フラはいつも自然体で、大自然の中で、ハワイアンソングに合わせて踊るのが、本当に気持ちいいです」
フラを詳しく知らない人のために、加代子さんが教えてくれた。カヒコと呼ばれる古典フラは、文字を持たなかったハワイ民族の口承文化を口だけで伝えるのが難しいので、身振り手振りで伝えたのが起源なのだそう。ひとつ一つの動きや仕草には、すべて意味があって、ひとつの曲で物語を踊っているのだという。その内容はハワイの神々や大自然のことが謳われ、雨、風、海、山、すべてに神々が宿るハワイの自然信仰心が込められている。「ハワイアンジュエリーも代々子どもや孫に、ハワイの心を受け継いでいくものですし、フラも同じように、ハワイの大切な文化を代々受け継いでいくものなのです」
撮影時に踊っていただいたのが「Ku’u hoa」という踊り。かけがえのない家族や仲間、友人たちを大切にしようという歌だ。
ジョージさんの家族が大切にしているワイレアのジュエリーの内側には、「大切な家族が神さまに見守られますように」という気持ちをこめて、3人とも『Malulani』と文字が彫られている。






